ポケモンGOがもたらす国民監視の強化

ポケモンGOがもたらす国民監視の強化

巷で大流行の兆しをみせている、ポケモンGOですが、一般国民はそれを手放しで喜び、受け入れてよいものではないと警鐘を鳴らす意見が出始めました。

「ポケモンGOは監視資本主義だ」 オリバー・ストーン監督が警告

私は「ポケモン」に登場するキャラクターのことは全然知りませんし、子供向けのアニメであるという印象が強く、それを「いい大人がプレイ」するという日常の風景にちょっとついていけない人も多いと思います。

普通の大人の方は、「ポケモン」というキャラクターからこのような「幼い子供」や「無邪気」などのワードが心に浮かんでくると思います。このようなキャラクターの採用は「心の油断」を引き起こす原因ともなるもので、「ながら自転車」のような行為について「まあいいか」といった、「よくない考え」にも繋がりかねません。たばこは大人のものですが、吸い殻のポイ捨てをする心理によく似ています。

では、「日本という国」は、この「ポケモンGO現象」をどう解釈しているのでしょうか。

「もう見つかってるんですか…」 菅官房長官も驚いた官邸ポケモン報告

報道ではずいぶん流された映像です。菅官房長官がにやけながらも「セキュリティ」を強調し、自らは

「あのー、私はゲームしてません」

「官邸の除外要請はしません」

と、話しています。

こういった一連の発言には、とても重要なカギが隠されています。出現するキーワードは、

「ポケモンGO」「セキュリティ」「私はゲームしてない」

です。論理をつなげると、

「日本という国」は、「ポケモンGO」という「ゲームをプレイする側」「ではなく」「セキュリティ」を「強化」したい側にある。強化範囲には「官邸」も含まれる。

そんな具合に読み取れます。

日本の一般国民がゲームに参加し、アイテムを探すために歩き回ってそれをGETすることは、「国民がGPS位置情報のログを自ら残す作業をする」ことを意味します。その様子は「検問所」や「関所」を通過しているようでもあります。ゲームを提供するのは企業ですから、その企業は「国と同じゲームの運営側」にいます。そういう立場を「勝ち組」と呼ぶ人々は、いるのです。

一例として、具体的なものをピックアップしてみました。

相模原殺傷事件の「犯人」の心理について触れたページ

【やまもといちろう氏 特別寄稿】相模原の障害者19人刺殺は思想犯と言えるのか

で、コメントとして書かれたものです。

sagamihara

ゲームのコンテンツを無邪気に「楽しい」と感じることは決して悪いことではないのですが、「よく見えなかったものの正体」を見てがっかりするより、せっかく外に出るのですから、「スマートフォンを机に放り出して外出し」、空気の悪い都会の喧騒からはなれた公園のベンチに腰掛けて、目の前にいるあなたのかわいいお子さんとのんびりお話しをしてみてはいかがでしょうか。とても大切なことだと思いませんか。


2016/07/30 追記
ポケモンGOのブームですが、日本でもたったの数日で「極端な陰り」が見えてきたようです。主な理由は「つまらない」「飽きた」というものですが、一般民衆の心理の底にあるものは「危機回避」「邪悪回避」なのかも知れませんね。権力の思惑とはうらはらに、民衆は直感で「否定の意志」を表明している。そうだとすれば、それこそが民衆の「強み」であり「世論」ではないでしょうか。「カオス」という言葉はもともと権力が使い出したものです。「世論」という「カオス」。それは権力の「弱点」です。「弱点」であり最も警戒するからこそ、自らも武器として採用しているのだともいえます。

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